2017-04-21

運動不足のための『散歩』は、人生のデトックスにもなりそう

家で仕事をしていると、どうしても運動不足になりがち。

 

こんな感じで。

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座り続けていると全然運動していないのが分かる。かの有名なあの時計が「お前全然動いてねーよ」って言ってきます。

 

ということで。1日1回昼~夕方にかけてお散歩をはじめました。

子供の頃に遊んだあの公園

歩いていると色々考えます。

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実家に帰ってきているので、昔遊んでいた公園に行ってみたり。
小学生の頃によく歩いた道を散歩してみたり。

 

今となっては本当に狭い範囲で。
でも広い世界だった。私にはここ一帯が世界のすべてだったなぁ、と。

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小学生の頃の友達の家の前を通ったりして。
思えば、家から数軒先とか、徒歩圏内に友達の家があるってある意味奇跡じゃないですか。

 

私は悲しいかな小学校、中学校、高校生の頃の友達とは一切連絡を取っていないんだけど(www)、同じ街で、同じものを見て、同じ時代を過ごして、同じように年を重ねてきたあの子たちは今どうなっているかなぁ、とふと考えたりしました。

 

24歳のあのときが永遠ならいいのに

何歳のときが自分にとって一番幸せ、というか。何も考えずにハッピーハッピーに暮らせていたかなぁ、と考えると、人生のバケーションはまさに高校生のときだったなと思います。

 

何も考えずに、毎日笑って、なんか青春っぽかったかなって。一瞬だったけどね。

 

でも、いつに戻りたいか?と聞かれたら、24歳のときかなぁ。
ある程度お金もあって、憧れの東京に行けて、好きなことできて。じぃちゃんも生きてたし、一生24歳のあのときが続けばよかったのに。

 

今が幸せじゃない、とは言いません。
家で仕事ができるようになって、なんとなく思い描いてたライフスタイルに近づけて。

 

急にちょっと重たい話になるけど、去年の2月にじぃちゃんを亡くしました。
私は、子供の頃からずーっとずーっとじぃちゃんが大好きで、東京に行ってからも毎日電話をしてました。

 

東京と新潟、月を半分くらいに分けてどちらでも生活できるようにしたかったのは、家族との時間を増やしたかったから。じぃちゃん、ばぁちゃんともっと一緒に過ごしたかったから。(※ちなみにばぁちゃんは元気です)

 

私が今の生活をできるようになったのは去年の8月から。じぃちゃんが生きてるうちには間に合わなかった。本当はもっと一緒にいたかったなぁ。東京に行かなければもっと一緒にいられたかなぁ、とか、考えます。

 

時間が経てば癒えていくというけど、今でも毎日涙が出ます。じぃちゃんに会いたくて。

 

生まれたこの町にいると、どこに行っても、じぃちゃんとの思い出ばかりで。まだ元気だったら、きっと一緒にお散歩したりもしたかな、とか。思っちゃう。

 

しょうがないことだけど。
ずっと思ってることだけど、まぁ当たり前と言えば当たり前なんだけど、うっかりじぃちゃんより、自分が先に死ななくてよかったと思います。

 

悲しいけど、やっぱりこういうのには順番があって。

「こんなに悲しいなら私が先に死にたかった」と何度も思いました。

でも私が先に死んじゃったら、じぃちゃんどんなに悲しい思いをしたかな、と考えると。ちゃんと見送れて、孫の役目を果たせてよかったと思う。

 

本当は結婚して、ひ孫を見せてあげられていたらもっと良かったんだけど……。ふがいないことに出産はおろか結婚の予定も今のところありませぬ…。

 

私は、「頑張って生きたよ」とじぃちゃんに報告したい。
だから今日も精一杯生きる……!とりあえず今やらなきゃいけないことをやろう。仕事だ。

 

明日は少し時間ができそうなので、海のあたりまで散歩に行けたらいいなぁ。

 

散歩をしていると、せかせか生活しているときには考えないようなこと、思いつかないようなことまで考えるね。

 

どんなに忙しくても、たまにはそういう時間が必要なのかも。
何より、体動かさないと体重が増えていく一方だからね。

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