2018-01-08

30代の女がなくしてしまったものと、見つけていくべきもの

30

「30歳って、やばいね」
「なんだかんだ、30歳までには結婚したい。せめて28くらいで結婚したい。」

 

『30』という年齢を怖がる女は少なくない。30歳を超えた途端、まるで女としての価値が暴落するように感じられるのだ。

 

テレビをはじめ、ネット界でも、まるで若さを失った女は負け組かのように煽っているのを目にすることも少なくない。

 

恐らく、きっと。これは一種の呪いである

 

根拠のない、『若さ』という無敵感

ここでひとつ、思い出してみてほしい。

 

女子高生の頃のあの無敵感を。

 

高校生活が楽しいか否かは人によって差があるとは思うが、自分は何にでもなれる、どこへでも行けるというあの絶対的な自信。

 

思い返してみれば、私はまぁまぁふざけた神経を持っていた。18歳、19歳の時点ですでに「22歳ってやばい。23歳なんておばさん」だと思っていたのだ。

 

22歳の頃、当時ネイリストを目指していた一個年上の23歳の友人に対し「23って、そろそろヤバイですよね」と言っていた。当時の私の頭をスパンと叩きたい。

 

きっと、『22歳』『23歳』なんていうと、若かった頃の私にとっては立派な大人で。それなのに、高校生の頃に思い描いていたような『大人の自分』にはなれていなかった。目指していたヘアメイクを挫折し、そのとき暮らしていくだけのお金をひたすら稼ぐ生活。結婚はおろか、恋愛すらまともにしていなかった。

 

怖かった。理想の自分になれていなかったことが。それなのに、年だけは重ねていく。そういえば23歳までには結婚して25歳までには子供を生みたいなんて言っていたっけ。

 

時間が経つほどに理想と現実の距離が離れていき、得体のしれない不安と焦り。そして日々無意識に植え付けられていく『女のしての賞味期限』。

 

結婚した女、独身の女

そういえば25歳を超えたあたりから、『30過ぎて結婚していない女は売れ残り』のような煽りがやたらと目につくようになった。きっと自分自身もどこかでそう思っていた。

 

「そういう人に比べたら、まだ25歳だし。来年も26歳だし、平気。それまでには結婚しているかもしれないし」

 

『自分自身』に自信がなかった私は、人と比べて「まだマシ」だと言い聞かせていた。

 

私は未婚ゆえ、結婚した人間の気持ちは分からない。ただ、もし自分が結婚していたとしたらこう考えていたと思う。たとえば30歳になる誕生日。

 

「いよいよ30歳か……。もう20代じゃなくなるけど、30歳でも結婚してるし全然いいよね! 」と。(ちなみに私はいまだ未婚である。最近では「ま、年より若く見られることが多いし、大切なのは見た目年齢! 」とほざくようになっている。)

 

20代の私にとって、30歳は本当に怖かった。もっと言うと、24歳の頃、25歳になるのがめちゃくちゃ怖かった。25歳って、当時の私にしてみればすごい響きで。

 

しかし、誰もが平等に年を重ねる。10代が終わったように、20代も永遠じゃないのだ。誰もが同じように、年をとる。

 

価値のある女は、年を重ねることを怖がらない

石原さとみも31歳、長澤まさみも30歳、綾瀬はるかも33歳、深田恭子も34歳。結婚はしているが、北川景子も31歳である。新垣結衣も、今年30歳になる。

 

繰り返すが、20代の頃の私はとにかく『30歳』を怖がっていた。怖くて怖くてしょうがなかったのだ。“若いだけで許される感”、“謎の無敵感”、“若さからくる圧倒的な自信“。年を重ねるごとに、失われたものたちだ。

 

そんな中、名前をあげた女性芸能人たちは20代の時点でほぼこう言っていた。「素敵な30代の女性が多いので、30歳になるのが楽しみです」「30歳になってからが本番」。

 

それを読んだ当時、「自分が若いからテキトーなこと言って。女なんて若い方が良いに決まってるでしょ」。当たり前にこう思った。

 

しかし、誰もが平等に与えられた『若さ』をなくしつつあるとき。そこからが、女としての本番なのかもしれない。

 

年を重ねた自分を肯定したいからこう思うようになったのかもしれないが、今は本気でそう思う。

 

『自分自身』に自信のない女ほど、若さを失うのを怖がり、年を重ねた女にヤバイというレッテルを貼ることでなんとなく自分を保っている部分があるのではないだろうか。少なくとも私はそうだった。

 

20歳の頃の自分と、31歳の石原さとみ

ここで一度、『若さ』が女としての価値だと仮定することにしよう。

 

そこで今の自分にこう問いたい。

「20歳の頃の自分と、31歳の石原さとみ。なれるとしたらどっちになる? 」

答えは『31歳の石原さとみ』である。

 

絶対的な価値が『若さ』だとしたら31歳の石原さとみよりも20歳の頃の自分に価値があるはずなのに。私は31歳の石原さとみにたまらなく憧れを抱いている。

 

年齢をコンプレックスにしない、“自分”のままでいる美しさ。きっと彼女にとって、年齢は記号でしかない。世に蔓延している『30歳がボーダーライン』なんていうしがらみには無縁の場所にいる気がする。年齢に囚われない女性は美しい。

 

そこで私たちがしなければならないのはただひとつ。

 

自分の価値を見つけること、磨くことである。

 

どうやっても私たちは『石原さとみ』になることはできない。でも、自分を磨くことはできる。いくらでもできる。

 

何歳であっても、『自分』に絶対的な自信のある女性は美しい。その年齢にしかない魅力を身につけた女性は、例外なく美しい。

 

40歳になっても、50歳になっても、『自分』を愛せていれば、それだけでいいのだ。きっとそれでいいのだ。

 

 

私はきっと、自分のことが好きじゃない。自信もない。だから、まずは自分を愛そう。薄紙のような「なんかいいことした」「理想の自分ならこうするかな」を重ねて、自分を好きになろう。それはいつか、自分の人生を誇れるゆるぎない自信になる。

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